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『居住空間の匠たち』 第5回:建築家 ラースデザイン 岩本唯史さん (後編)

「万文堂ビル」:住居仕様へと変更した5Fのペントハウスには、使い方に夢膨らむ屋上が付いている。こういった要素もかつて事業用物件だった建物ならではの魅力だ。ユニットシャワーを取り付けた4Fの部屋は、水廻りをコンパクトにまとめ、居住スペースの広さを感じさせる作りになっている。床にはコストを抑えるためピータイルが敷かれている

コンバージョンから見えてくる、新しい都心での暮らしのカタチ


 その後、八丁堀にて、計6つのコンバージョン事業を行った岩本氏。八丁堀には、彼の活動に賛同、その暮らしのスタイルに憧れを抱いた若者が集い、この街は、住まいと仕事場を両立させた、新しい都心での暮らしのカタチが次々と表現される舞台となっていった。それは、時計の針が止まっていた街の一角に吹いた、地域再生の息吹であった。

 そんな活動の中で、岩本氏の頭に常にあり続けたのは、「都心に住むということは、どういうことなのか?」という問いだった。

 「日本では、住居のエリアと産業のエリアをはっきり分ける傾向がありますが、実はこのような都市の様態は、世界的に見るとかなり珍しいケース。ニューヨーク、パリ、ロンドン、メキシコシティと有名な都市のほとんどが、住む場所と働く場所が混在している。それは、逆を返せば、"住居だけで街の魅力を維持するのは難しい"ということでもあるのです」

 「例えば、産業が集中している地域に、事業用として建てられたオフィスビルがあったとします。このような物件は、他の地域で商業の集積が起こってしまった場合、その瞬間に、不動産としてのニーズがなくなってしまうのです。しかし、コンバージョンを積極的に行えば、1階2階は商業スペースとして残しつつ、3階から上のフロアに関しては居住用として活用するといった、時代のニーズに合った方向転換が可能になってくるのです」

 都心での暮らしを満喫するためには、事業用のオフィスビルを居住用へと改築したコンバージョン物件の方が、かえって魅力的な場合もあり得ると岩本氏は語る。それは、オフィスビルの特徴として、「バルコニーがないこと」だと指摘する。

 「都心の住居の本来の醍醐味は、窓のすぐ下に街の活気が見えることだと思うんです。しかし、現代の日本のマンションの場合、たいていバルコニーがついているため、ダイレクトに街のエネルギーを享受するのを妨げてしまっているというデメリットも存在しているのです」

 そもそもマンションのバルコニーは、洗濯物を干すための場所という意味合いもあるが、それが小さなワンルームマンションの場合、その広さは1、2平米程度。緊急時の避難用ハシゴを格納したハッチを設置したら、椅子すら置けないような狭さの場合も多々見受けられる。その場合、バル
コニーは、緊急時の二方向避難を確保するという大前提のために設置されているにすぎないのも
事実である。

万文堂ビルと同じく雑居オフィスビルをコンバージョンし、SOHO仕様へと変身させた好例。街の活力を感じられる大きな窓が多いのもコンバージョン物件ならではの魅力。どこの街にもありそうなこのような物件もアイデア次第で、人を呼ぶ物件に生まれ変わる

 「二方向避難の課題は、別ルートを作れば、簡単に解決する程度の問題。そう考えると、バルコニーの存在に縛られない方が、居住用としてポテンシャルの高い物件を作り出すことができるのではないか。かえってオフィスビルであった建物の方が都心の生活にフィットした住居空間を作りやすいと考えるようになりました」

 高密度に住まうことを強いられてしまう都心での暮らし。その中であっても、人々は少しでも職場に近く、少しでも広い快適な住空間を求めている。都心に眠る役目を終えた古いオフィスをコンバージョンすることによって出来上がる住空間は、そんな潜在的なニーズを汲み取れる物件としても、最適な受け皿なのかもしれない。

 そんな岩本氏の想いを集約させていく中で、「都心での暮らしを享受できる魅力」を第一に考え、2006年に完成させたのが、上の写真の「万文堂ビル」である。

 低層階は、ビジネスユースを想定したリノベーションを行う一方、高層階は、SOHO仕様へとコンバージョンされている。この事業は、金銭面でもオーナーの全面的な賛同も得て、作られたものだ。

 「この建物は、築50年近い古い物件で、外装だけでなく設備も老朽化、事業用ビルとしての魅力がなくなりつつあり、空きの状態がずっと続いていました。そこでオーナーは、大規模な修繕工事を予定していたのですが、ならばと、水廻りを足し、居住用フロアを作る方が時代のニーズにも合い、収益も望めると提案を行い、このような形を実現させることができました。結果、オフィスなら坪単価7000円程度だった物件が、住居仕様にすることで1万2000円まで価値を高めることができ、オーナーは格段に収益を伸ばすことができました」

 この物件において、岩本氏は設計、工事費の調整だけでなく、賃料の設定、リーシング業者の紹介に至るまで、すべてを行っている。

 たった1つの物件作りでも、ひとたび強力な成功例を生み出すことができれば、それだけでそのエリアに人を呼ぶ効果を作り出すことができると、岩本氏は語る。街に新たな活気を生み出す源泉とは、その街でいかに柔軟な視点が試みられているかに、宿るものなのだろう。

 これからの新しい物件作りには、高い収益性の確保はもちろんのことだが、その物件が街の活性化のためにどのように帰依するのかといった長期的な視点に立ったコンセプチュアルな考え方も大切にしていきたいものだ。

 




profile:1976年生まれ。2002年、早稲田大学大学院在学時に友人たちと共に、設計事務所「アトテーブル」とを設立。以降、東京都中央区八丁堀を中心にエリアコンバージョンを展開する。彼の活動は、ドイツのバウハウス大学留学時に体験した建築を利用した地域コミュニティを巻き込んだ文化活動に大きな影響を受けたものだという。2011年には独立し、「ラースデザイン建築設計事務所」を設立
www.raas-design.com

text by Takuo Shibasaki (butterflytools)

 

 

 

 

 

 

 

 







※ 『居住空間の匠たち』と題したこの連載では、賃貸物件オーナーに向けて、"新しい賃貸物件の
カタチ"を提案するデザイナー、職人たちを紹介していきます。

※ 岩本唯史氏への依頼のご相談は、株式会社宅建 担当:阪本幸徳までお問い合わせ下さい。

text by Takuken Web