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『居住空間の匠たち』 第5回:建築家 ラースデザイン 岩本唯史さん (前編)

コンバージョンからはじまる地域再生のススメ


 近年よく耳にするようになった「リノベーション」や「コンバージョン」という言葉。そもそも「リノベーション」というのは、建物が持っている性能に新たな付加価値を加え、再生を行う手段を指すことが多い。その一方で、オフィスビルや店舗、工場など、事業用だった物件を住宅用に転用するなど、建物の持っているポテンシャルを活かしながら、時代のニーズに合った用途に変換し、再生を試みることを「コンバージョン」と呼ぶ。

 今回紹介する建築家の岩本唯史氏は、都心に点在する空洞化した地域に目をつけ、その地に存在する時代のニーズにそぐわなくなった事業用物件を住居用へとコンバージョンすることによって、その土地の経済、文化復興をも目指した、地域再生を行ってきた人物。

 その彼の代表作のひとつで、その後の自身の活動の指針を決定的にしたのが、2002年~2008年に行われた、東京都中央区八丁堀でのプロジェクトだ。

 「八丁堀という土地は、交通の便が良いだけでなく、東京駅からも徒歩15分圏内という好立地。情報、人が集積する仕事のチャンスも非常に多い街です。そのため、当然のように、街にはたくさんのオフィスビルが立ち並んでいます。しかし、活気あるビジネスの表情を見せる現代的なビルは、大通りに面した部分に集中していて、一歩、街の内部に入ってみれば、昭和初期から続く、昔ながらの家並みが立ち並ぶ、新旧の都市のイメージが同居する土地でもあったのです」

 「また、当時は、バブル時代に見受けられた土地転売の名残りで、長く空き家になったまま放置されてしまっている古屋も多く残っていました。聞けば、それら空き物件の賃料の坪単価は、周辺のワンルームマンションの相場の約半額程度。当時の八丁堀には、都心の一等地にも関わらず、若者でも充分に借りることができる賃料設定の古い物件が多く存在していました」

 八丁堀は、都心の高い利便性とは裏腹に、古参の地域住民が多い街特有の経済事情と、当時の不動産市場の低迷から、再開発が行われてこなかったエリアであったのだ。それは、別の意味では、インディペンデントな個の力が活躍する場であることも指していた。

「8-FACTORY」:元々は、1階は作業スペース、2階は居住スペースとして使われていた表具店の店舗だった。入居者にはデザイナーや建築家が集い、各人が各々の部屋をセルフビルドによって作り上げていった。1階は入居者全員が憩うリビングに変身した

 岩本氏はこの八丁堀という街に、気心が知れた仲間と一緒に住み、共に仕事場も構えられるスペースを作ろうと思い立つ。そして、作り上げたのが表具店兼住居として使われてきた築40年にもなる空き家の木造家屋を改装し、完成させた、シェアハウス「8-FACTORY」だった。

 「『8-FACTORY』を作ったことが、私が八丁堀でのコンバージョン活動に関わっていく、そもそものはじまりでした。仕事の拠点だけでなく、生活の拠点も八丁堀に移して、まず気づいたのは、この街は、"大都会にも関わらず、暮らしていてなんとも心地いい"ということ。それは、江戸時代からの続く歴史や住民に根付く江戸っ子気質の文化など、 東京の中心部に住まうことの楽しさとの出会いでありました。ビジネス街という側面だけでは語れない、"暮らす街"としての魅力を発見したのです」

 魅力ある街、八丁堀を自分たちだけで楽しんでいるのはもったいないと考えた彼は、早速、ある行動に出る。"コンバージョンに興味を示してくれる人々を巻き込みながら、相乗効果として、街を盛り上げる"というコンセプトを掲げ、コンバージョンのしがいのある"借り手が付かなくなってしまった古い物件"を求めて、自らの足で地元の不動産会社に飛び込み営業を始めたのだ。

 「不動産会社の担当者に投げかけたのは、『自由に改装させてもらえる物件を紹介してもらえないか?』ということでした」

 日本で賃貸物件を借りる場合、入居者は通常、オーナーの許可なく、内装を自由に改装することはできない。また、オーナーから改装の許可を得ることができても、入居者は、退去時、自己負担で内装を元の状態に戻さなければならないという"原状回復"のルールがあるが・・・。

 「8-FACTORYを作った際の工事前、工事後の写真資料を見せながら、『物件をオシャレでキレイに変身させます。だから、そのままの状態でも次の入居者に貸すこともできますよ』とPRすることで、原状回復をせずに済む方法論を探ろうとしました。改装し、物件のイメージ転換をはかることによって、眠っていた物件も価値を高めることができる、物件の価値が上がったことによって、より質の高い入居者が集まり、建物自体の質も保つことができる、と不動産会社、オーナーを地道に説得してまわったのです」

「三福ビル」:昭和5年築の鉄筋コンクリート造のオフィスビル。戦中、周囲はみな全焼したが、この建物は奇跡的に焼け残った。岩本氏が出会った時は、それまで約10年間、1階の店舗部分を除き、空室だったという。各階水廻りを設置するなど、大幅に手を加えられ、オシャレなSOHOビルへと変身した。最上階は、イベントスペースとして活用され、若者が集う、地域に吹く"新しい風"となった

 そんな活動を続ける中、岩本氏は、その後のコンバージョン活動の起点となる、古オフィスビルと出会う。関東大震災直後に建てられた「三福ビル」だった。鍛冶橋通りの交差点に面した好立地にあり、周囲が空襲で焼けた後も愛され使用され続けた、趣きある建物だった。しかし、近年は、現在のオフィスのスペックに合わないという理由で長く空きビルとなっていた。

 「東京中探しても、ここまで古く雰囲気あるビルはそうはない。地域のアイコンとしても存在感がある。街を活性化のアピールするシンボルとしては、格好の素材となるビルでした。そこで、私たちは、このビルを自らの手で改装し、SOHO物件として様々な人たちが居住できるようにするため、契約事項に、"転貸可能"という条件も盛り込ませてもらい、ビル1棟、まるごと全部を借りることにしました」

 しかし、これまでの物件とは違い、三福ビルは、完全なるオフィスビル。SOHOとして使用するためには、水廻り部分、特に"お風呂"を新たに付け足す必要があった。

 「その時、『オフィスから住居へコンバージョンするためには、まずお風呂を作ることが必要なんだ』ということに改めて気づかされたんです。そこで、コンバージョンがいかに素敵なアイデアであるかを象徴的に示すために、イベントスペースに変身させた三福ビルの最上階には、八丁堀の『八』から取った『8バス』という名前のお風呂を取り付けました」

 このコンバージョン事業は、若者の注目を集め、その後、三福ビルは、若いクリエイターたちが集う地域再生の象徴となるビルへと変貌していく。

 岩本氏の"コンバージョン"への取り組みは、手探りの状態からはじめられたものであった。が、彼が三福ビルで得た経験は、結果的に、コンバージョンという考え方を世の中にどうアピールしていくかということを突き詰めたプロジェクトへと成長していく。―――

(後編に続く)

 




text by Takuo Shibasaki (butterflytools)






※ 『居住空間の匠たち』と題したこの連載では、賃貸物件オーナーに向けて、"新しい賃貸物件の
カタチ"を提案するデザイナー、職人たちを紹介していきます。

※ 岩本唯史氏への依頼のご相談は、株式会社宅建 担当:阪本幸徳までお問い合わせ下さい。

text by Takuken Web