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『居住空間の匠たち』 第4回: 塗り壁職人 高柳照彦さん

おもわずアートを飾りたくなる、生活が映える"塗り壁"


 入居者が退去する度に行われる賃貸物件のリフォームは、使用される建材をその都度、吟味して選んでいるという訳ではなく、既存と同様の当たり障りのないものが引き続き選ばれているのが実情だ。お決まりの流れ作業のように進むそのプロセスは、施工業者との打ち合わせ期間も含め工期を短くし、賃料が発生しない空白期間を少しでもなくすためには、致し方ないことではある。

 だが、前回は、床材のフローリングに注目し、コスト面やメンテナンスの手間暇だけを重視し、安易に素材選びを行ってしまうことによって、逆に入居者離れを起こしてしまうケースもあることを取り上げた。このようなリフォームによる悪循環は、実は、床材以外の部分でも起こりうる。その最たる例が、"壁材"だ。

 賃貸部件の壁材には、低単価のクロスが使用されるケースが圧倒的。しかも、オーナー側としては、「どんな入居者にも受け入れられやすいイメージにする」という意識が強いため、当たり障りのない白色を選んで、あえて無難な部屋作りを行ってしまうことが多い。

 しかし、これらのクロス張りの壁は、人工的な質感が際立ってしまう場合も多く、室内に絵画や写真を飾り、こだわりの家具を配置するなど、ライフスタイルに関心のある若い世代の間では、敬遠される恐れもある。室内を装飾するにあたって、クロス張りの壁では、質感、風合いなど壁が持つ表情がイマイチだと判断されてしまうのだ。

 このような賃貸物件の現状に対して、漆喰や土壁など様々な素材を駆使して、独自の壁作りを行っている塗り壁職人の高柳照彦氏は、次のように語る。

文中で紹介した石膏系下地材を用いた塗り壁は、現在高柳氏の自宅にも。また、内装を全てを自らの手で手がけ、"塗り壁の実験場"となっているアトリエには、鉄や黄土を混ぜた壁土など個性的で色彩豊かな作品が並ぶ

 「若い世代のユーザーの場合、ファッション誌やテレビ、映画などでおしゃれな部屋を目にする機会が多いということもあって、"自分だけの部屋作り"に対する関心が非常に高い。でも、その手のメディアに登場する空間の壁は、大抵の場合がクロスではなく、おしゃれな漆喰。クロス張りの壁だと、自分たちが思い描いている理想の空間のイメージと、現実の物件のイメージがかけ離れてしまっていることを本能的にも気がつくため、結果的に、『自分の部屋に愛着が持てない』という状況を引き起こしてしまっているんです」

 しかし、いくらユーザーのニーズとはいえ、賃貸物件で漆喰の壁を取り入れることは、少々現実的ではない。コスト面の高さはもちろん、メンテナンスについても様々な気遣いを必要とするからだ。とはいえ、漆喰にこだわらなければ、クロス以外にも当然打開策は存在する。それが、「塗り壁で室内空間を作る」方法だ。

 「塗り壁は、土と素材の組み合わせを変えるだけでいくつもの種類を作り出すことができるのですが、その際、ちょっと材料に工夫を加えるだけで、コストダウンを図ることが可能なんです」

 そこで、高柳氏が提案するのが、数ある塗り壁の中でも、石膏系の下地材を用いた塗り壁。一般的に漆喰の壁を作る場合、下準備としてボードの上に石膏系の下地材を塗るが、それを見える前面として使用するという方法だ。実は、この石膏系下地材に砂を混ぜるだけで、仕上げ材としても使うことができるという。

塗り壁は、コテによって手作業で仕上げられるため、壁や柱の角を塗り重ねて丸みを持たせることができる。しっとりと温かな雰囲気を室内にもたらすことができるのだ

 「これなら塗り壁本来の質感を楽しむことができますし、上からペンキを塗るだけで簡単にメンテナンスを行うこともできる。そこまで難しい作業ではありませんから、入居者自身の好みに合わせて、その都度、壁の色を変えることだって便宜上は可能。よく海外のドラマで、賃貸アパートの入居者が自らペンキを塗るシーンが見られますが、まさにあのような風景を再現することができるんです」

 通常のワンルームの場合、すべての壁の面積を合わせても50㎡程度。1斗缶のペンキならたった1万円で約100㎡は塗ることができるので、クロスに比べてメンテナンス費用を抑えることもできるという。

 当然のことながら、内装で一番面積を占めるのが壁である。ならば、軽視して良い訳がない。塗り壁は、職人によって手間暇かけて作られる故だろう、表情が豊かで、見ているだけで心が和む魅力を持っている。そして、何よりアートを飾るにも相性がいい。

 これからの新しい賃貸物件には、新生活に夢見る入居者を応援する"生活が映える壁選び"という視点も必要なのではないだろうか?

 

 

 

 

profile:1966年生まれ。舞踏家、人形師、メイクアップアーティストなど、様々なキャリアを経て目地職人に。以降、独学で塗り壁の技術を習得。現在「かべや」を名乗り、"壁"作りのプロとして業務を行う一方で、様々な素材を用いた実験作品にも挑戦する日々。(問い合わせ/有限会社PWS☎042-668-0085、エスカルゴ・アーティフィック有限会社☎042-663-6155)




text by Takuo Shibasaki (butterflytools)



 















※ 『居住空間の匠たち』と題したこの連載では、賃貸物件オーナーに向けて、"新しい賃貸物件のカタチ"を提案するデザイナー、職人たちを紹介していきます。

※ 高柳照彦氏への依頼のご相談は、株式会社宅建 担当:阪本幸徳までお問い合わせ下さい。

text by Takuken Web