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Tabata Journal

『すべては、ここからはじまった』 第1回:CETから始まった可能性 (後編)

インディペンデントな力が生まれ、つながる街


 空きビルが目立つ東京の東エリアに活気を持たせ、若い世代が街に移り住んでくるきっかけともなったCET。

 元々イベントとしての側面が強かったプロジェクトが、どのように街に定着し、新しい住人たちを招き寄せ、地域の日常の風景として浸透していったのか。CETの事務局長として運営を担い、2005年からは自身も東日本橋に活動拠点を移したシミズヨシユキ氏は、現象の背景をこのように語る。

 「CETが街の形としてまとまっていったのは、実は2007年ぐらいのこと。イベントで街の盛り上がりを知ったアートギャラリーの経営者たちが、物件のポテンシャルの高さや外部からのアクセスの良さに目をつけて、この地域に移りはじめたことがきっかけになりました。その様子が街を活性化する取り組みとして、メディアに注目され、その影響でアートギャラリーに限らず、外から様々な業種のオフィスも引っ越してくることにもつながったんです」

 「その後、2009年になると「フクモリ」や「ワンドロップカフェ」などのおしゃれなカフェも続々とオープンするようになりました。"人が集まれる場所"が生まれたことで、店舗やオフィスだけでなく、
実際にこの地に住まう住人たちも自然と増えはじめていきました。やはり、最初に強力な成功事
例を導き出せたということが、この地域に人の流れを作った大きな理由なんだと思いますね」

 その強力な成功事例の背景には、CETのスタッフがイベントを開催するにあたって行っていた地道な努力が下地にある。

 イベントの会場として利用したいと目星を付けたビルのオーナーに対して、一定期間、空き物件をアーティストに開放してもらえるよう、イベントのコンセプトを丁寧に説明、説得を重ねてきたことが、オーナーの意識に変化を与え、ユニークなリクエストを持つ借り手が名乗り出てきた際にも寛容な態度となる芽を植え付けていったからだ。

 事実、CETのイベント会場となった空きビルは、イベントへの来場したことをきっかけに、物件に興味を抱いた人たちの中から次々と借り手が生まれ、発展を遂げている。「FOIL Gallery」、「TARO NASU Gallery」、「gallery a M」が入る、イベントのメインのメイン会場となった「アガタビル」は、この地の発展を語る上で欠かせないシンボリックな場所となっている。

 一方で、シミズ氏は、街を活性化するのに重要だったのが移住して来た人々同士の"つながり"だとも語る。

 「そもそもこのエリアは、渋谷や青山などビジネスや情報が集まる場所とは違い、つい最近まで世間からも注目を浴びていませんでした。そのため、この街で事業をスタートさせるということは、同時に未知な部分と向き合わざるを得ないということも意味していました。しかし、そんなデメリットを抱えながらも、新しい住人たちは、"この場所を生活拠点にしよう"と考えた。その理由には、この地域独特の人とのつながりに魅力があるからだと思うんです」

 「たとえば、街の中にあるカフェを見ていると、お昼時に『今日は満席になっちゃったので、近くの店を紹介します』という会話が交わされるのをよく耳にします。そうやってお互いの店で連携を取ってお客さんにサービスを図る一方で、それぞれの店の価値を相互で高めあおうとしているんですね。このようなことは大手の飲食チェーンではよく見られますが、まったく別の資本を持つ店舗同士が行うことはほとんどありえない。そういう意味で、この街では新しいコミュニケーションのスタイルが発展していると思うんです」

 新しい住人たちの自発的な動きが活発になっていったことによって、現在CETは「CET TRIP」に名称を変え、ネット上で人と人をつなぐ情報交換の場を運営、"街の回覧板"として新たな役割を担っている。http://cet-trip.com/

 「街の活性化をする上で重要なのは、一緒に楽しんでくれる同志や仲間を持つこと。共に酒を飲んだり、イベントを開いたり、仕事のお手伝いをしたり、日常の作業を一緒に楽しむ中で、同時に新しいアクションも形にしていく。それがこれからのCETのあり方だと思うんです」

 今後のCETエリアが挑む課題は、街の中の遊び場を増やすこと、だという。現在営業しているギャラリーやカフェは日曜日になると店を閉めてしまうため、週末には、街に活気がなくなってしまうという傾向があるからだ。

 大型資本やチェーン店のお店を誘致することによってではなく、インディペンデントな個人の力が街の活性化の端緒となり、そのインディペンデントな力がつながりを持つことによって、発展を遂げたCETエリア。

 そこには、どの街にもかつてあった活力ある商店街のあるべき姿の原点があるようにも思えてくる。地域の経済コミュニティーの再生という観点からも、CETエリアから学ぶべき点は多い。

 CETに芽生えた新しいコミュニティーが今後どのような発展を遂げていくか、次なるステージが楽しみで仕方がない。

 

 

 

 

profile:シミズヨシユキ。1976年生まれ。コミュニケーションディレクター。「ズィーププロダクション」代表。2000年より活動の場を北海道に移し、雑誌やTVCMの製作、FMノースウェーブでのライブイベントに参加。この頃からプロデュース、ディレクション、マネージメントなど、様々なメディアのフィールドをまたぐ活動を行う。2002年より拠点を東京に移し、ヒューマンハブとなる活動をはじめる。CETには、プロジェクトの始動時から参加する一人
http://www.z-pro.jp/




text by Takuo Shibasaki (butterflytools)



 




















※ 『すべては、ここから始まった』と題したこの連載では、地域に"新しい風"を生み出した、地域活性化の役割を担うユニークなアプローチを紹介していきます。

text by Takuken Web