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Tabata Journal

『すべては、ここからはじまった』 第2回:不忍ブックストリート・一箱古本市から始まる可能性 (前編)

地域のポテンシャルを引き出し続けるプロジェクト


 地域活性化の必要性が叫ばれる昨今。各地で様々なアプローチが試されている。だが、その現実は、残念ながら、一時の集客をみせるだけの一過性のイベントとして、終わってしまうものが殆どだ。本来目指すべき、地域の継続的な活力には、どうも結びつきにくい。

 継続的に、街をエネルギッシュで刺激的な空気が流れる場所とするためには、どうすべきなのだろう?"この街では何かが起こるかもしれない"という予感や新しい希望を感じさせるために、既存の地域住民が行うべき環境作りとは、どのようなものであるべきなのだろう?

 活気ある街作りを目指す中で、重要なポイントとなるのは、新しい活力となる外部から参入者をいかに呼び込んでいくか、の仕掛けなのではないだろうか。活力に満ちた人々が参入しやすい環境が整えられている街では、地域のポテンシャルが呼び覚まされ、次第に、街の経済や文化もエネルギッシュになっていくからだ。

 そのために、地域住民がすべきこと。それは、わが街に興味を抱いてくれる人を増やすこと、街に参入しようとする者たちが入ってきやすい仕組みを考えること、そして、既存の地域住民と彼ら新規参入者とのつながりの場を作り上げておくことなのではないだろうか。

 今回は、そんな街作りのためのヒントを与えてくれる実例を紹介したい。ひと組の夫婦のアイデアからスタートし、現在ではそのイベントの形が全国にまで広がっている「不忍ブックストリートの『一箱古本市』」だ。

 そもそも「不忍ブックストリートの『一箱古本市』」とは、東京の谷中、根津、千駄木の通称「谷根千」と呼ばれるエリアで毎年、春と秋に行われている古本販売のイベント。一般的に古本市というと、プロの古本屋が大量に本を並べて売るという形式を想像しがちだが、ここでは、本好きのシロウトの一般参加者が1箱のダンボール箱に古本を詰め込み、街を散歩する人とのコミュニケーションを楽しみながら販売するというスタイルが特徴になっている。

 このようなイベント形式を考えだしたのは、谷根千在住のライター夫婦・南陀楼綾繁さん、内澤旬子さん夫妻。

 谷根千と言えば、かつて夏目漱石などの日本を代表する文豪が暮らした歴史を持ち、今でも多くの作家やライターたちが住んでいる"本との関わり合いが強い"地域。そんな地元の散歩コースをめぐるうち、「この街で古本のイベントを開いてみたい」との想いに至ったのがきっかけだったという。また、2人は、当時、無料配布されていた地元の地図が熟年層向けに作られている事実を知り、「よく通う本屋やカフェ、ギャラリーなどが掲載されている、自分たちの等身大の地図を作りたい」という強い想いも持っていた。

 そこで、夫妻はこれらのアイデアをまとめる中で、「数店の書店しかないこの街が、将来は、本当のブックストリートになってほしい」という願いを込め、谷根千を通る不忍通りの名前を借りた「不忍ブックストリート」という名称を発案。

 自ら、書店はもちろん、地域に点在する本好きが通いそうなショップやスポットに声かけを行い、期間中、軒先に古本を詰め込んだ段ボールを置かせてもらえるよう交渉を重ねた。夫妻の街への情熱は、地域の共感を得て、街を訪れた人が地図を片手に、古本を購入しながら、街を散歩するという現在のスタイルのイベントがスタートするに至る。

 2005年の4月にはじまった一箱古本市は、当初から反響を呼び、12ヶ所の販売スポットに75箱もの店主たちが集まり、1日で500人以上の客が地域にやってくるという大盛況を見せた。その人気は、その後、10回目を超えても継続され、春と秋の街の名物として世間に認知されただけでなく、他の地域から有名書店を谷根千に招き寄せることにも成功し、"この地をブックストリートに"、という当初の夢も実現できつつある。

 また、この一箱古本市の成功は、評判を呼び、福岡、名古屋、仙台、関西......と全国でも同様のブックイベントが開催されるまでに至っている。その結果、「不忍ブックストリート」という名称は、"元祖・一箱古本市"の地として、日本全国に知れ渡り、地方の古本ファンがイベントを目当てに谷根千に集まるという現象も起こしている。

 期間中、各スポットでは、ポエトリーリーディングや演奏会などの様々な催しも同時に企画され、街は、"新しい発見と意外な出会い"に満ち満ちた空気に包まれる。さながら、それは、南陀楼綾繁さん、内澤旬子さん夫妻をはじめ、地域住民が望む、街の理想的な将来像だ。

 古本が入った一箱のダンボールを媒体に、新しい街のイメージ作り、街への新規参入者の呼び
込み、地域のコミュニケーションの場の構築を成し遂げてしまった一箱古本市 ――。

 いまや、このプロジェクトは、地域の継続的な活力を生み出す原動力にもなりつつある。私たちも、
街がそもそも持っている魅力をもう一度見直し、その魅力の向上を図る中から活気ある地域の
新しいカタチを目指していきたい。不忍ブックストリートの一箱古本市が教えてくれる、
人と人とのコミュニケーションから生まれる無限大の可能性を信じて――。

 

不忍ブックストリート
http://sbs.yanesen.org/

text by Takuo Shibasaki (butterflytools)






 













※ 『すべては、ここから始まった』と題したこの連載では、地域に新しい呼吸を生み出した、地域活性化の役割を担うユニークなアプローチを紹介していきます。

text by Takuken Web