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Tabata Journal

『すべては、ここからはじまった』 第2回:不忍ブックストリート・一箱古本市から始まる可能性 (後編)

コミュニケーションを育む"一箱の宇宙"


 ライター夫婦・南陀楼綾繁さん、内澤旬子さん夫妻のとある発想から、街の一大イベントにまで成長した一箱古本市。このアイデアが人と人をつなぐコミュニケーションツールとして、多くの人々から支持されてきた理由とは何だろう?

 その成功を考えるヒントとして、イベントの実行委員として活躍している「不忍ブックストリート青秋部」こと、中村加代子さんは、"人とのつながりやすさ"を例に挙げる。

 「数十冊の本が並ぶ一箱というスペースは、その出店者の読書や経験、生活が反映された、いわば、"宇宙"なんです。その"宇宙"を眺めることによって、その出店者がどんなパーソナリティ、歴史を持っているかが見えてくる。すると、初めて顔を合わせた人同士であっても、距離が急に身近に感じられて、自然と、会話が生まれてくるんですよね」

 友人の家にはじめて上がった時、部屋の本棚を眺めていると、その友人がこれまでにどんな興味を抱いてきたが見えてきたりする。今まで見えてこなかった、相手のより深い部分までもが窺い知れた気がして、仲良くなれた気がする――。人と人との距離を縮める、そんな感覚に近いものが一箱古本市にはあるのかもしれない。

 一箱古本市の出店者が箱に注ぎ込む情熱も、"人とのつながりやすさ"にまた強みを増す。

 「出店者の方々の"箱"へのこだわりは相当なもの。箱に並べる本のチョイスにコンセプトを持たせることはもちろん、訪れたお客さんの目を引くために、箱をおしゃれにデコレーションしたり、本とあわせて置かれる雑貨のラインナップにこだわったりと、みなさんが独自の世界観を作り上げています。みなさん、販売という目的以上に、自分だけの箱を作り上げることを、"自己表現の手段"として、楽しんでいるんです」

 「そして、訪れるお客さんも本が好きな人たちですから、同じ本好きのシロウトがどんな古本を出品しているのか、出店者それぞれに違う世界観を毎回楽しみに来てくれます。本が好きな人たちの間には、お互いの世界観をスムーズに共有し合う感覚が元々あると思うんです。だから、誰とでも仲良くなれてしまう空気をより演出してくれる、一箱古本市は、魅力的なものへと成長しているのではないでしょうか」

 現に、一箱古本市では、従来の古本屋に付きものだったお堅いイメージは皆無。実にフレンドリーだ。出店者には女性も多く、それぞれが考えた本の品揃えをネタに、訪れた人々との談笑が弾む風景が広がっている。

 一箱古本市で、もうひとつ注目したいのは、ただ単に古本の販売に始終するのではなく、実行委員が編集している「不忍ブックストリート・マップ」を無料配布している点だ。このイラストマップは、点在する"大家さん"と呼ばれる出店予定地への道案内役を担っているだけでなく、"本と散
歩が似合う"というコンセプトで選ばれたギャラリー、喫茶店・カフェ、雑貨屋、骨董屋などが掲載
されている。

 さらに、イベント開催時にはこれらの店を使ってスタンプラリーなど、街歩き企画も実施しているため、マップを見て、一箱古本市をめぐることで、同時に隅々に至る街の魅力を味わえる仕組みになっているのだ。

 実は、中村さん自身もこの街歩き企画で「不忍ブックストリート」の魅力にハマったひとり。実際に地図を片手に街を歩いてみると、とにかく新鮮な発見の連続だったのだという。

 「街歩きをすると、地元でお店を経営されている方々との会話に恵まれます。彼らは、長らく地域で生活をされてきている方々ですから、とにかく街の事情に詳しい。彼らとの会話で得た情報を元に歩くと、路地裏には、新鮮な発見がたくさん転がっていました。街の魅力を再認識させてくれる、"地図を見ながら探す"という体験は、とても刺激的で楽しかったんです」

 「考えてみれば、自分が住む街だって、結構知らないことって多いですよね。よほど意識をしていない限り、街の細部にまで興味を持つことは難しいですから。でも、一箱古本市で開催されるイベントに参加すると、街の隅々にまで自然と目がいくようになる。それは、好奇心を刺激してくれる大きな発見だったような気がします」

 一箱古本市によって、人と人とのつながりを作り、地域に対する親近感も演出し、さらに、街歩きによって、路地裏にも潜む魅力も発見して、地域に対する好奇心を育む――。

 この「不忍ブックストリート・一箱古本市」の発端は、必ずしも地域活性化のために考え出されたものではなかった、という。

 だが、街が本来持っている魅力を存分に引き出し、かつ、地域住民が願う、理想の街の将来像も
PRすることに成功したこのプロジェクトは、地域の"いま"、"むかし"、そして、"それから"がスマート
に結びついた地域活性化策のあるべき姿と言えるのではないだろうか?

 

profile:中村加代子さん。2006年より、夫・石井清輝さんと共に、不忍ブックストリートの一箱古本市に助っ人として参加。翌年「青秋部」を立ち上げ、それまで行われていなかった秋のイベントを企画、開催。以降、実行委員会の中心人物として活躍中
http://d.hatena.ne.jp/seishubu/

text by Takuo Shibasaki (butterflytools)






 

















※ 『すべては、ここから始まった』と題したこの連載では、地域に新しい呼吸を生み出した、地域活性化の役割を担うユニークなアプローチを紹介していきます。

text by Takuken Web